「玉石混交」の読み方、意味、SPI対策の覚え方は?
玉石混交(ぎょくせきこんこう)は価値の有るもの無いものが入り混じった様子です。多様性があると褒め言葉として使うのは誤りで、整理されてなく分かりにくいというネガティブな印象をともなうので誉め言葉ではありません。
先見の明(せんめんのめい)は「事が起こる前にそれを見抜く見識」のことです。
先見の目という言葉も見かけます。先見は「先を見通す」ことなので「明」よりも「目」の漢字が自然に感じられますが、先見の目という書き方は間違いです。
「先見の明」は未来のことを予測して、正しい判断や行動ができる力のことです。
例えば、将来の流行を予測してビジネスで成功した人や、災害が起こるリスクを予測して予め備えていた人などは、「先見の明がある」と言われますね。
「先見の明」の読み方は「せんめんのめい」です。
似た表現として、「先見の目」という言葉もたまに見かけますが、これは漢字の間違いです。
「先見」は「先を見通すこと」なので、「明」よりも「目」のほうが自然に感じる方もいると思いますが、語源を考えると「明」が正しい漢字になります。
「明」とは、「明るい」という意味のほかに、「知恵がある」や「理解力がある」という意味も指します。
つまり「先見の明」は、単に「先を見通した人」ということだけでなく「先を見通した上で、さらに知恵を働かせて準備をした立派な人」という意味になります。
この言葉は中国の歴史書「後漢書」に由来する言葉です。
「後漢書」には、楊彪(ようひょう)という政治家が登場します。
楊彪は、曹操(そうそう)という権力者に反対したため息子を殺されてしまいます。
そのとき、楊彪は自分の友人である金日磾(きんじつてい)という人物を思い出します。 金日磾は、自分の息子が将来曹操に殺されることを予見して、自ら息子を殺してしまったのです。
楊彪は、金日磾のような行動ができなかったことを恥じて、「先見の明がない自分は恥ずかしい」と言いました。
つまり「先見の明がある」というと、「自分の息子が将来殺されることを予見して、自ら息子を殺しておく」というのが本来の語源で、現代の「先見の明」の意味からするとかなりネガティブな印象をもちます。
ただ現代では、語源にあるネガティブな響きはほぼなく「将来おきることを正確に予測して、それに備えた立派な人」という純粋にポジティブな意味になります。
「先見の明」を使った例文を紹介しましょう。
玉石混交(ぎょくせきこんこう)は価値の有るもの無いものが入り混じった様子です。多様性があると褒め言葉として使うのは誤りで、整理されてなく分かりにくいというネガティブな印象をともなうので誉め言葉ではありません。
繁忙期(はんぼうき)は需要が多く時期、閑散期(かんさんき)は需要が少ない時期です。繁忙期価格、閑散期価格という言葉で時期に応じた価格を決めることもありますが、これは昨今のダイナミックプライシングとは異なります。
甚多(はなはだ)、幸甚(こうじん)は、普通の程度を超えている様子です。甚多は「悪い方向」に程度を超えている様子で、幸甚はそれに「幸(しあわせ)」の漢字をつけることで「良い方向」に程度を超えた様子を示します。